2007年12月07日

フェミニストのウソ 昔も今も女性差別など存在しなかった

「女は三界に家なし」「嫁して三年、子無きは去れ」「三下半」など、の格言だけが、残されているからと言って、女性の地位は低かった、と決め付けるのが、フェミニストの手法であるが、今や、実証的歴史研究に裏付けられた、証拠が無いと言う、理由から、フェミニストによる、このような、ステレオタイプで一面的見方は、実際に、歴史を生きた人々の多様で、リアルな生き様を無視したものとして、否定されている。

「「三年子なきは去れ」は武家の言葉。庶民はまったく様相が違う

朝ご飯を作って寝ている家人を起こすのは男の仕事。

外に働きにいっている間に、奥さんは間男したり、カルチャースクールのようなもんに行ったり、あるいは自立のために小遣い稼ぎしたり。
 
育児は男の仕事。ナンパは女の仕事。

離婚して三行半を書いたら出て行くのは男。

その三行半は離縁状というよりも、むしろ再婚許可証。もう結婚していないから好きに結婚できる証である」


「三年子なきは去れ」は武家の言葉であったとしても、武家で、これが、実際に行われていたのか、と言うと疑わしい。

河合継之助とその妻すがの間には、子がなかったが、生涯、離婚する事は無かった。

「1799年までの大名百家、旗本百家での女性の離婚率は約11%。

再婚率も59%である。

現在、日本では離婚が増えたと言われているが、離婚率は平成14年でも約2.3%である。

これはいかに江戸時代、離婚、再婚に抵抗がなかったかを示している。

離婚そのものについても、夫の一方的な恣意ではなく、今と同じ協議離婚がほとんどであった」

「『三下半』がなければ女は再婚出来ないとはよく言われるが、
逆に言えばこれを受け取ってもらえなければ、男も再婚出来なかった。
元妻が「私は『三下半』を渡されてない」とごねれば、夫には証拠がないので、『三下半』の受け取り証文(離縁状返り一札)を妻に書いてもらう者もあった。

反対に次に自分(夫)に不祥事があったら離婚を認めると、先に『三行半』を書かされた(先渡し離縁状)夫もいる」

「妻から正式に離婚請求が認められる場合として、幕府は法上5つを定めている。(中には夫が妻の承諾なしに、妻の衣類などの持参財産を質に入れた時というものもある)」

「『女大学』は苦い薬のようなもので、自分のものとしてる女はいないという認識であった。『浮世風呂』に出てくる女たちも
「うちの亭主は夫婦喧嘩になれば、追い出せもしないくせ「出ていけ」というのが口癖でね」とか「亭主にするなら色男より稼ぎ男がいい」とか言いたい放題である。他にも隣の男湯では歌っているからと、張り合うように大声で歌う田舎出身の女など、女性の姿は本当に生き生きと描かれている。

 1717年刊行の『世間娘気質』には、「『今時の女』は律儀であることより、他人からどう見られているかだけを気にかけている 」
(これ、本当に江戸時代の話か)とまで書いてある」

江戸の人口比は、男:女=1:4くらいだったので、需要と供給の関係から、女性の地位は、むしろ高かったであろうことは、容易に想像できることである。

地方の農民に関しても、女性の地位が、低かったと言う事を示す例は、存在しない。

庄屋の日記を読むと、夫が、一日中働いているのに対し、妻と娘は、芝居見物に出かけたり、遊んでばかりいた事が分かる。

農民にも、身分差があり、身分の高い家から、妻を迎える場合は、家の宗旨まで変えなくてはならなかった。

身分の低いほうが、身分の高いほうに、合わせるのだから、性差による、格差、差別ではなく、身分間の格差である。

(フェミニストは、身分間、階級間の格差や差別を意図的に、性差別にすり替えているのだ)

原則として、異なる身分間の婚姻は、行われなかったようだが、成金、成り上がり者が、いたわけである。

恋愛は、別だが、結婚は、一族親戚が、決める事だから、相手が、気に入らなくとも、断る事ができないのは、男女とも、同じ事である。

相手が、どんなに不細工な女であっても、断る事はできなかった。

誰と誰を結婚させるかは、村の有力者が、決める事であり、当然のことながら、男女とも、相手が、気に入らなくとも、断る事はできなかった。こうした例は、明治以降も続いた。

士農工商と言う、身分制度も、実は、存在しなかった事が分かっている。

歴史は、勝者によって作られる。勝者である、明治政府が、江戸時代を不当に貶めて来たことに加えて、マルクス主義的史観による、偏見が、まかり通っており、実証的な歴史研究が、なされていたとはいえない。

水のみ百姓が、豪商だった例もあり、歴史研究は、始まったばかりなのである。

保守と言っても、明治から戦前までを理想とする人もいれば、明治以前、江戸時代を理想とする人もいる。

260年間、戦乱も無く、農民や町人が、豊かな生活を送り、高度な文化が、花開いた、江戸時代を理想とするのは、当然であろう。

http://www.geocities.jp/michio_nozawa/episode22.html

http://blog.goo.ne.jp/faure64/m/200705

http://www.norenkai.net/shinise/jien/main04wa.html
posted by 望 at 04:37| Comment(0) | TrackBack(0) | フェミニスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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