2008年04月27日

訂正 官と民の対立というウソ 二分法は多様な考え方を封殺する

自分が言った事をすぐに訂正するのも、気が引けるが、間違いはすぐに訂正しなければいけない。

官と民の対立と言うのも、ウソである。右と左、新自由主義と反新自由主義の対立が存在するというのも、ウソである。少なくとも、多様な考え方をそんな単純な対立軸に無理やり押し込めようとする考え方は、間違っているし、危険でもある。

右か左か、新自由主義か反新自由主義か、改憲か護憲か、フェミニストか反フェミニストか、テロとの戦いに賛成か反対か、郵政民営化に賛成か反対か、と言った、多様な考え方を無理やり二つに分類して、賛成か反対かを迫る、二分法の危険性については、当ブログも、何度も述べてきた。

官と民の対立が存在すると言うのも、やはり、ウソなのである。

反フェミニストのなかには、古い考え方の人がいて、「男は仕事、女は家庭」という大前提で議論をする人がいるが、当ブログは、そのような男女の棲み分けは、戦後の高度成長時代にできたものに過ぎず、高度成長が終わった70年代後半には、すでに維持することが不可能になっていたシステムであることを何度も指摘してきた。

フェミニストの中には、男性にだけ義務や責任を押し付け、権利、利権だけを女がいただく、(つまり、女が甘い汁を吸う)という人が多いのだ。だから、男性だけに兵役が義務付けられている、ノルウェースウェーデンのような国を男女平等の国と呼ぶバカもいる。男性だけに兵役を義務付けている国は、男性差別の国である。

義務も責任も男女平等にするというのなら、賛成である。反フェミニストにも、様々な考え方の人がいる。

テロとの戦いではなく、資源争奪戦である。問いかけ自体が、間違っているのだ。丸ばつ式の試験のような単純なものではない。

二分法を利用したものには、マルクス主義と浄土真宗がある。前者は、すべての思想を唯物論と観念論に二分し、唯物論が正しいと最初から、結論付けている。そのうえで、二者択一を迫ると言うものである。浄土真宗は、すべての宗教を他力と自力に二分し、最初から、他力が正しいと結論づけたうえで、二者択一を迫るものである。マルクス主義は、浄土真宗に似た、宗教的性格を持っていた。

すべての思想や宗教を二つに分類できるほど、単純なものではない。

物事を単純化して、二者択一を迫る二分法は、多様な考え方を封殺するものなのである。それ故、ファシズム、全体主義につながる危険なやり方なのである。これらは、過去記事で述べたことでもある。

ただ、日本が、官主主義の国であるというのは、本当である。新自由主義だろうが、反新自由主義だろうが、官主主義なのである。
posted by 望 at 20:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
非公開です
5月22日は性悪が虚偽DV被害で失踪、14年です また逮捕は二年後の同日 そして五次訴訟の3回期は22日です
この閉塞情況から鈴木氏に近況報告がてらに様子を打診しました 下文にはこうありました 鈴木氏の事件が公表となれば連動して当方の事件も公になると思います

最近、司法での喧嘩は時間との争いだということをつくずく感じています。
政治では出来事は腐敗するけど、論理が支配する司法では事件が腐る
ことはありませんね。だから、しつこく、しつこく事件として持続していくこ
とが重要なのではないでしょうか。政治では「正義は必ず勝つ」とは限り
ませんが、司法では当事者が事件として持ち続ければ、必ず勝利します。
そう考えると、矢口洪一という人物は司法官ではなくて政治家だったと評
価すれば納得できます。
最高裁追及の最終局面が、6月の国会会期終了時か、7月の洞爺湖サ
ミット終了後か、いずれかと想定していますが、8年間追及して来たこと
を思えば、1カ月や2カ月のズレは我慢しなければならないでしょう。
あなたの事件について詳しくは分からないのですが、司法権力が偽装
隠蔽しなければならない事件のようですね。
正義は必ず勝ちますから頑張ってください。
5月2日 鈴木英夫

これは未だ上げていませんが二三日中には載せる運びになりそうです
http://suihanmuzai.web.infoseek.co.jp/yoshidab001.jpg.html
Posted by 流浪の民の乱 at 2008年05月02日 12:53
流浪の民の乱さん。こんばんは。
政治と司法は違いますね。司法の場合は、あきらめなければよいのですね。

サミット終了後に、衆議院の解散があるのでしょうか。

4月に安くなったガソリン代が、5月にまた値上げされていました。自民党もこれでは、勝てないでしょう。

二大政党制は、アメリカの意向によるものだと推測しています。

日本の司法が大きく変わるとすれば、おそらく外圧によるものと思われます。
裁判員制度の導入、アメリカの弁護士も日本で開業できるようにするなど、裁判のやり方をアメリカ式に作り変えていくようです。そのためには、これまでのような、調書主義、判事、検事、弁護士が三位一体となっている、インチキな裁判では、意味がないため、司法の改革がなされるのかも知れません。

検事が調書を偽造し、判事がそれを承知の上で、判決を下す、インチキな儀式にすぎない裁判では、アメリカの弁護士が日本にきても、入り込む余地がないため、これまでの司法を変えていく必要があると考えます。

外圧でもなんでもよいから、司法改革がなされることは良いことだと思います。

外圧がなければ、日本は変わらないと思います。アメリカの言いなりになるというのではなく、外圧を利用して良い方向へ変えていくのなら、反対ばかりするよりは、「変化」に期待したいと思います。
Posted by 望 at 2008年05月03日 22:52
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