「日本では、英語教員のTOEICの平均スコアが中学560 点、高校620点という統計がある。文部科学省はすべての英語教員に730点以上を求めているが、たとえば韓国でトップ5の大学に合格するには800点以上が必要だ。
つまり、日本の中学・高校の英語教員は、海外では“教わるレベル”であり、そういう人が教えているのだから、日本人の英語力が上がらないのもむべなるかな、である。」
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20110216/Postseven_12823.html
日本人の場合、英語ができないのは、日本語の特性が関係しているのかもしれない。日本語では音と音がくっつくことはめったにない(方言ではあるが標準語ではない)。音と音がくっつくとは、例えば↓
Guten Abendをグーテン・アーベントではなく、グーテンナーベントと言う。nとaがくっついてしまっている。ドイツ語や英語ではこういう現象があるが、日本語ではこういうことはない。もっとも韓国語も日本語と似たようなものだというから、日本の英語教員の勉強不足という面のほうが大きい。それに教員の能力不足は英語に限った事ではない。
英語だけの問題ではなく、(ネットで見れる)教員採用試験を見てみると、数学や理科など、この程度の簡単な試験では教える能力があるかどうかを見ることはできないとすぐわかる。
教員の問題は、学力不足だけではない。常識が無い教員が多いと言うことだ。人を相手にする仕事では、この客が好きだとか嫌いだとか言ってられないのは当たり前である。ところが教員は、この生徒が好きだとか嫌いだとか、わがままを平然と言えるのだ。客はいやな店員のいるところでわざわざ買い物をする必要はない。ほかの店で買えばいい。学校や教員の場合は、店を選ぶように自由に選べない。だから塾に行くのであろう。公立校の教員を雇うために高い税金を払っていながら(教員は公務員の中でもっとも収入が高い)高いお金を払って子供を塾に通わせる。明らかに無駄だ。
もっとお金のある世帯なら、子供を私立校に通わせるだろう。無能な教員の存在が教育格差つまりは経済格差を拡大させているのである。
教員免許自体必要ない。大学で勉強する内容が全く同じでも、工学部の学生は工業高校の教員免許は取れるが、普通高校の免許は取れない。明らかに矛盾した制度だ。教員免許を廃止して、教員を能力で採用すればよい。また勉強は塾で習っても独学でも良い。親が教えても良い。学校自体必要ない。
ラベル:公務員

